つぶやき会議室

つぶやきなのに、会議室です。会議室ですが、つぶやきます。

2000/06/08(00:00) from 210.120.166.204
作成者 : きんちょ (ak@chuwol.com) アクセス回数 : 274 , 行数 : 129
大野晋氏のタミル語説について 【ML投稿採録】
 岩波書店から,大野晋『日本語の形成』が出たそうです。
メーリングリストでえた情報によると、書店の広告では
「画期的な日本語・タミル語同系論の集大成」と あるそうです。
もっとも、本のなかでは「クレオール現象が生じた」のであって
「同系」とは言っていないらしいのですが。

 大野晋氏の日本語とタミル語の関係説には、従来から、批判が
あいついでいます。めにつきやすいところでは、
 『新説! 日本人と日本語の起源』(安本美典著,宝島社新書)
というのがあり、
  「日本語とタミル語関係説」は大野晋氏の妄想
とまで いっているそうです。


 わたしが、しらべた範囲では、ほとんど時間がないときに
一部を図書館で たちよみした程度ですが、言語学者たちの大野
批判の代表的な論文は、つぎの本で みることができます。

「日本語の起源をめぐる論争」  村山七郎著      三一書房  (1981.5)
「日本語の系統・基本論文集」   泉井久之助他 和泉選書 (1985年)
「日本語の起源と語源」      村山七郎        三一書房 (1988年)
 
 また、これまた、メーリングリストで おしえてもらったの
ですが、最近のものでは、以下のような文献があるそうです。

○長田俊樹、家本太郎、児玉望、山下博司
 〈フォーラム〉「タミル語=日本語同系説」を検証する
 ――大野晋『日本語の起源 新版』をめぐって
  『日本研究 第13集――国際日本文化研究センター紀要』
  国際日本文化研究センター編・発行
  1996.3.31出版 角川書店制作(非売品)
○〈フォーラム〉「タミル語=日本語同系説に対する批判」を検証する
  『日本研究 第15集――国際日本文化研究センター紀要』
  1996.12.27出版、国際日本文化研究センター編/角川書店発行、\3,398
○〈フォーラム〉(比較言語学・遠隔系統論・多角比較―大野教授の反論を読ん
  で;大野晋氏のご批判に答えて―「日本語=タミル語同系説」の手法を考え
る)
  『日本研究 第17集――国際日本文化研究センター紀要』
  1998.2.27出版、国際日本文化研究センター編/角川書店発行、\4,700


 さて、ここでは、わたしも いくつか大野晋氏の主張について
直接に批判することは できません。その周辺のことについて、
雑感をのべたいと おもいます。

 大野氏は、日本語がタミル語とほかの言語とのクレオールとして
形成されたと説明しているようです。最近、ほかのところでも
「クレオール現象」などの ことばをきいたのですが、ここのところ
クレオール研究がブームになっていると いうことでしょうか。

 言語学でいう「クレオール」の形成では、「政治的・経済的な
支配民族の言語」が はいってきて、しかも、いくら不完全だと
いっても、母語ではない その言語をつかわなくては意志疎通が
不可能な社会集団(たとえば 各地から あつめられた奴隷たち)が
つくられ、そこで「ピジン」が つかわれるようになり、やがて、
「ピジン」で 意志疎通する父母から2世が うまれ、それを
母語として うけとる段階になって生じた言語というような
意味あいが つよいのだと おもいます。そういう研究史に
即した定義からすると、最近のブームのなかでの「クレ
オール」という語の つかわれかたは、単に「言語の混合」
のような意味で いわれているようで、すこし安易ではない
かという感想を わたしも いだいていました。

 大野晋氏の説では、むしろタミル語のほうが基層で、アルタイ系の
言語が あとから かぶさって はいってきたということでは ないかと
おもいます。このひとは、当初、「日本語の起源はタミル語だ」と
いいきっていたはずです。そういう意味では、後退したということ
でしょうか。

 タミル語説以前に、日本語の起源問題では、南方系・
北方系ということが いわれていて、どちらかというと 
ポリネシア語系統の基層のうえに、朝鮮半島の言語が
かぶさって はいってきたというのが一般的な理解で
あったのではないかと おもいます。わたしは、大野氏が
この「南方系」の要素を「タミル語」に とりかえようと
しているように、おもえます。

 ちなみに、わたしのいる韓国では、日本以上に、
日本語の起源の研究は さかんです。そもそも朝鮮語
の起源の研究じたいが そんなに すすんでいるわけ
ではないのですが、こちらでは大野晋氏ばりに、
自分の説を強烈に主張する先生が おおぜい いらっ
しゃるようで、おもしろいといえば おもしろいです。

 もともと朝鮮語の起源の研究も日帝時代に日本人の
学者によって はじめられた部分が おおきいので、
現代の研究は、それをひきながら、あたらしい見解を
つけくわえて否定していくというスタイルをとることが
おおいのですが、興味ぶかいのは、日本人の学者が
系統論をかくと、三国時代の百済語・伽耶語・新羅語・
高句麗語が並列に形成され、高句麗語と兄弟のように
古代日本語がわかれていき、のちに、朝鮮半島に
のこった言語が統一新羅語として ひとつになるという
ような系図を かきたがるのに対して、韓国人の学者は、
どうしても、百済語・伽耶語・新羅語・高句麗語の まえに
原始韓語のような統一体を想定しようとするケースが
おおいようです。そして、原始韓語が わかれていった
さきの高句麗語の さいはてに古代日本語を くっつけ
ようとする。最近のものは、この両者のモデルが接近して、
統一新羅語と古代日本語は、共通の祖語が混合して
いくときの配合のちがいから わかれたように
かかれることが おおいようですが。

 また、李炳銑という先生−−このかたは、「任那は
対馬にあった」という本をかいている ひとなのですが、−−
は、「言語が衝突すれば、かならず支配権力をもった
言語が基層の言語を圧倒し、ほろぼしてしまう」という
信念をもっていて、その面から南方基層説などナンセ
ンスというようなことをいっています。こういう説にたつと、
日本語というのは、古代日本を征服した朝鮮民族の
ことばが基層のことばを おしのけて日本語となったの
だというようなウルトラ韓国ナショナリズムに つながる
のですが、このかたに おあいして はなしをきいてみると、
この先生の研究の動機には、植民地下の日本語による
教育をうけされられた経験が ずっと つよくあって、
さきほどの「信念」も、その原体験からきているのだなと
いうことが よく わかります。

 ま、ながながと、どうでもいいことをかきましたが、
けっこう、こういうのをみていると、言語の起源説という
のは、しらずしらずの うちに、そのひとの願望のような
ものが はいってくることが あるものだなあと、感じる
わけです。大野晋氏の情熱をささえているのが、
どのような願望なのかなどと 勘ぐるのは、あまりに
ひねた みかたかもしれませんが、一時期は朝鮮語
起源説にたって調査をしていたそうですから、なにか、
どうしても それを否定したくなるような動機が生じた
のかな、などと かんじたりも します。

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