つぶやき会議室

つぶやきなのに、会議室です。会議室ですが、つぶやきます。

1999/03/15(00:10) from 164.124.70.160
作成者 : きんちょ (AKIZUKI@chollian.net) アクセス回数 : 126 , 行数 : 128
【転載】漢字併用問題に よせて
 以下の文章は、わたしが、[在日]メーリングリストに
投稿したものを すこしだけかきかえたものです。

 一連の 漢字併用問題について おもったことを まと
めるかたちになったので、ここに のせることにしました。


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 ここのところ、ずっと、韓国で急にふってわいた(しか
し議論の背景はねがふかく、50年戦争ともよばれている)、
漢字併用問題関連の記事を翻訳しています。

 翻訳した記事は、この 前後の番号の記事を みてくだ
さい。
 
 以下は、これに関連して、「言語文化」について かんが
えたことの つぶやきみたいなものです。

 ご存知のとおり、韓国では ハングルだけで かくことが 
普通になっています。だから、いま おこっている問題のレ
ベルも 日本でいう、いわゆる「国語国字問題」なんかと 
かなり レベルが ことなっていて、公文書や道路標識に 
必要時、ハングルのよこに カッコのなかに漢字をいれて 
併記しても いいことにしようと 文化省が いいだしたと
たん、ハングル学会などの 猛反発をうけるといった 具合
です。

 そこからは、漢字併記が 漢字混用(一部の漢字語を併記
ではなく、ハングルをかかずに漢字だけでかいて文章のなか
に使用すること)に つながるのではないかという疑心暗鬼
が うかがわれます。と、いうことは、意外と 漢字を つ
かいたがる勢力も あなどれないのかもしれません。とはい
え、漢字混用論者でさえ、大衆にうったえるのに、漢字ばか
りつかっては だれにも よんでもらえないという現実も 
はっきりしています。(混用論者の寄稿をみれば わかりま
す。)

 漢字論者たちの 論理のなかで わたしが 唯一 根拠が
あるとおもったのは、漢字をまなばなくなることで、過去の
歴史的な文化の伝承が おこなわれなくなると いうことで
す。たしかに、ほんの50年まえの 自国の文書が 全然よ
めないというのは、問題かもしれません。
 しかし、かんがえてみれば、ハングルだって、みんなに 
つかわれるようになったのは、この50年間なのだと いう
ことができます。この間、漢字を つかわなかったことで、
ハングルの文化が うみだされたというのは、うごかしがた
い事実でしょう。

 漢字をまなばないことで、文化の伝承がおこなわれなくな
るという主張が極端になると、「最近 おこっているさまざ
まな問題は、道徳の退廃からきており、それは、漢字をまな
ばないことに起因している」というような、ぶっとんだこと
にまで なるようです。わたしは、あまりの飛躍にびっくり
したのですが、これを 授業で 日本語の受講生にぶつけて
みたところ、受講生たちは それほど びっくりはしません
でした。つまり、このひとのいう意味が わかるということ
なんですね。
 かれらによると、やはり韓国は儒教の伝統がつよいから、
韓国の道徳のみなもとは、儒教にあり、儒教精神は漢字と 
ともに まなばれなければならないという ねづよい かん
がえが 背景にあるんだということに なるのです。だから、
賛否は別にして、こういうことをいうひとが いても、それ
ほど びっくりはしないんです。
「それなら、アメリカ人には道徳がないと いっているよう
なものじゃないか」
と わたしが憤慨しても、「ああ、なるほどね。そういうふ
うにも とれるけどね」と いったふうです。
 
 一方で そんな 強固な “漢字文化”を ねづよく ふ
かいところで もちながら、表面的には 漢字を文章から 
ほとんど けしてしまった 韓国の「文化」って、おくが 
ふかそうですね。

 それから、この問題が、外国人観光客のために道路の看板
に漢字をかこうという発案といっしょに でてきたことは、
象徴的です。「漢字と英文を併記」などと いっていますが、
「漢字」は いずれにしても 日本の漢字でも中国(大陸)
の漢字でもありえないことは、無言の前提です。ローマ字表
記のことを「英文」とよんで、疑問を感じないことにも、ほ
んとうに言語というものを ちゃんと とらえていっている
のか、うたがうのに たることです。
 一方で 外国人をひきあいにだしながら、本当に外国人の
ためを かんがえているのではなく、かくされた意識として
は くにをこえた、より おおきい価値と 想定されたもの
に 根拠をおこうとする心理が すけてみえるのです。
 つまり、地名を ほかの言語で(ほかの言語で発音されて
きたか、発音されやすいようにように)表記しようとしてい
るのか、“ウリマル”をハングル以外の文字で表記しようと
しているのか、区別ができていないのです。わたしは、言語
主権ということを かんがえるなら、ハングルだけを つか
うかどうかということよりも、この区別が たいへん重要だ
とおもうのですが、あいもかわらず、儒教のみなもとの「正
統」繁体字(旧漢字)と 言語帝国主義の最たる現代の権力
としての「英語」に すりよるか/すりよらないか という 
事大主義か/自主孤立か という 軸のうえで、いったりき
たりを しているように おもえるのです。
 それよりも、「韓国では いつでも こう かくんだ」と
いうことを きちんときめて、“ウリマル”の音韻体系を反
映したつづりかたで、ローマ字であれ、カタカナであれ、ロ
シア文字であれ、固有名詞のつづりは 韓国内で統一し、
“ウリマル”の つづりかたとして きめればいいのであっ
て、これは 外国語に すりよることなどではない。一方、
漢字表記というのは、漢字起源の語に対してだけ 意味をも
つのだから、語の起源をしめすためにつかうのならともかく、
地名を外国人にわかりやすくするために もちいるのは 固
有名詞の発音を混乱させること以外の なにものでもないの
です。日本人のために道路標示を工夫するのなら、いっさい
漢字をやめて、カタカナにしてくれたほうが、まだしも韓国
語の世界への はしわたしに なるし、かえって日本語への
従属をたちきることにも なるはずなのです。

 チォエ・チャンホァさんの 「一円訴訟」の支援集会で
スピーチをした ある言語学者が「固有のなまえを まもる
ため 漢字はつかわず、固有名詞はカタカナで表記すべきだ」
といったところ、猛反発をうけ、そのおおくが在日韓朝鮮人
であった支援者からは、「自分の 子どもには、漢字でなま
えをつける」と いわれたという はなしがありますが、
ここにも、漢字をめぐる 従属と独立の永劫回帰みたいな
ものが あるんじゃないでしょうか。

 そうそう、今回の漢字論争で、こんな意見があったことも
つけくわえておきます。
「統一指向をする われわれは、北韓の住民がハングルだけ
をつかっていることも 勘案しなければならない」


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