つぶやき会議室

つぶやきなのに、会議室です。会議室ですが、つぶやきます。

1999/03/08(00:21) from 164.124.70.188
作成者 : きんちょ (AKIZUKI@chollian.net) アクセス回数 : 144 , 行数 : 122
【記事翻訳】漢字併用 賛成意見
 1999年2月11日の 『京郷新聞』に、漢字併用に関する
賛否両論の寄稿がありました。

 これは、そのうちの 賛成意見の 翻訳です。


 記事の性質上、記事でハングルの部分は すべて かながきに、
漢字の部分は すべて 漢字にして 訳しました。また、参考
までに、韓国語としても 漢字表記が 可能な 部分の 単語は
日本語でも 漢字語として 翻訳し、カタカナに してあります。
それ以外は、できるかぎり 日本語としても 固有語に 訳すように
つとめましたが、これは もちろん 限界があるので、一部、
そうなっていないところがあります。

 また、漢字語も、翻訳のため、おなじ漢字の日本語よみを 
あてるのではなく、適当な別の漢字語に おきかえているものが
あります。

 『京郷新聞』は 記事の 本文は 寄稿者が かいたままの
表記で 掲載しましたが、みだしと リードに ついては、新聞社が 
ハングルだけで かいたようです。

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サンセー……「カッキテキ セーサク」

ブンカ・ダンゼツを つなぎとめる ゲンブン セージョーカ

 “キョーイク・フザイにより アク・エーキョー おおく 
  キョーザイも よめない ダイガクセーたち
  ドートク・キョーイク タイハイまで ひきおこす  ”


 セーフから これまでの あいだ つづいてきた よくない 
ハングル・センヨーの 文字政策を ゼセーして 公文書と 
道路標識板に 漢字を ヘーキするように ケッテーした 
ことは もはや おそすぎると いう おもいが なくは 
ないが このたびの あたらしい セーフの カッキテキな 
セーサク ダンコーであり、ゆくゆくは コッカ・ハッテンに 
なによりも おおきい エーキョーを およぼす ものだと 
カクシンする。

 ある くにに あって ゲンゴ・セーカツの 道具である 
文字政策は コッカ ヒャクネンのタイケーの いしずえの 
やくめと おなじほど ジューかつダイな ことだ。

 しかし わがくにでは カコ 日帝 シンリャク・マッキ 
カンコクゴ マッサツ・セーサクが キョクドに タッした 
ジキに 解放を むかえ、わがことばの トクシュ・コーゾーを 
みきわめ、コクミン・ヨロンを きいてみる まも なく 
イチジの カンショーテキな コーフンから イチブの 
イケンに したがって 48ネン ハングル・センヨー・ホー
(コーブンショに かぎって)をセーテーし、70ネン 朴正熙 
ダイトーリョーは セージテキな ハイケーとして 
ダイトーリョーの エッケンにより キョーカショから 漢字を 
ジョキョする ドクダンを したのである。

 いまに いたって その ヒガイが ジンダイで ゼンコク 
ダイブブンの 大学生が じぶんの ジューショを かけず、
じぶんの くにの ジで かかれた 教材を よむことが 
できず コーギを することが できない シンコクな 
ゲンジツが うまれた。

 このように キョーザイを そのまま よむことが 
できずに ソツギョーした ダイガクセーに タイして 
コーキューな チシキを キタイすることが できないことは 
メーハクな ジジツだ。知識不在は 論理不在、哲学不在、
思想不在に つながる ことであるのに このような 
わかものたちが コクナイの どこで なにを することが 
できるのだろうか。

 このような メンから われわれは いま シンコクな 
文化危機に チョクメンして いると ケーコクしない 
わけには いかない。とおく コッカの ショーライを 
ながめる とき いま わたしたちが こうむって いる 
経済危機よりも もっと キキューをヨーする ジツジョーなのに 
イッパンジンたちは とくにジッカンを もてないで いる 
ことが とても むずかゆいのだ。

 チョーセン・センソーの ショードからも 再起した 
わがミンゾクだから ゼンコクミンが イッチ・ダンケツすれば 
とおからず いまの ケーザイ・キキを コクフクする 
ことが できるけれども ブンカ・キキは いちど たがが 
はずれたら、サイキがフカノーなのだ。

 そこで キョネン 11ガツ17ニチ 救国的な ジゲンから 
政党、宗教、地域を チョーエツして 1マン・ヨ・メーの 
知性たちがソー・ダンケツして 「全国漢字教育推進総連合会」を 
ケッセーし、ゼン・コクミン・ウンドーとして ケッキ・タイカイを 
ひらいたのである。

 漢字は タンジュンに モジの やくめだけ はたす 
ものではなく 道徳教育の もとと なるもので あるから 
ハン・セーキに わたる 漢字キョーイクの ダンゼツは 
おそるべき 道徳のツイラクを もたらしてきた。

 であるから、コーブンショと ヒョージバンに 漢字を 
ヘーキする ぐらいで おわっては ならず、ダイ7ジ
(2002ネン)キョーイク・カテーからは ショーガッコーで 
コクゴとして 漢字キョーイクを テッテーテキに 
ジッシしてこそ、このところ いわれている すべての 
モンダイを コンポンテキに カイケツすることが できる。

 カンコクゴ ゴイの 75% イジョーが 漢字の ゴイと 
なって いる ために わがくにに あっては 漢字キョーイクは 
英語や フランス語と おなじ ジゲンでの 外国語 
キョーイクではなく ただちに 母国語としての 国語教育なのだ。

 ハングル・センヨー・ロンジャたちは 漢字を あたかも 
ひとの くにの モジのように サッカクし ハイセキしているが、
漢字を まなぼうという ことは ただちに 国語生活の 
セージョーカを イトするものだと いうことを ニンシキすべきだ。

 わがくには 漢字だけを つかうしかない 中国と ことなり 
ユーシューな ハングルと ともに 漢字を コンヨーすれば 
文字の 理想国と なる ことが できるということに めざめ 
われわれの ソセンたちが のこして おいた ブンカ・ヨケンを 
うまく カツヨーし、ほこるべき 伝統文化を ケーショーする 
ことが わたしたちの ニンムだと おもう。

           陳 泰夏  明知大教授・コクゴ・ガク

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