つぶやき会議室

つぶやきなのに、会議室です。会議室ですが、つぶやきます。

1999/01/03(21:19) from 164.124.70.174
作成者 : きんちょ (AKIZUKI@chollian.net) アクセス回数 : 190 , 行数 : 476
証言とむきあう姿勢の欠如
 以下は156番のRe:#130『疑わしくは…』再論 への
おこたえです。時期がだいぶすぎたので、新規投稿とさせて
いただきます。
 
 
 ☆の部分を修正しました。  1月4日午前0時52分
詳細は 末尾に。

****************************

 156番の スグルさんのレス、”Re:#130『疑わしくは…』
再論”は 最初によんだときから、もう、これには こたえよ
うがないと おもいました。これはもう、わたしの いってい
ることを無視するか歪曲したうえでの 一方的な演説にちかい
もので、議論の域をこえているように おもえたからです。
 これに こたえるためには いままでの議論を全部 最初か
ら やりなおさなければいけないようなところが ありますが、
それでもいつまでも無視することも よくないので、なんとか
簡潔にコメントするように つとめてみます。


1.うたがわしくは 罰せず

> 秋月さんの考え、興味深く読ませていただきました。タイト
> ルは「疑わしきは罰せず」ですからてっきりそっちの方への
> 答えかと思いましたが

ほかの 投稿へのレスを参照してください。こたえましたよ。


2.単純化はどちらがしているのか

 西野留美子さんの本からの引用につづけて、
>「慰安婦=被害者」と実に単純に思い込んでいる方々にはこ
> ういった証言は結構意外に思えるかもしれません。

と かいていますが、西野留美子さんが これを意外とおもっ
たとは きいていません。西野さんは スグルさんのいう、
 <「慰安婦=被害者」と実に単純に思い込んでいる方々>
には はいらないことを スグルさんは みとめますね。しか
し、西野さんは「慰安婦=被害者」と主張するひとです。じゃ
あ、どういうこと? こたえは簡単です。「慰安婦=被害者」
と主張しているからといって その主張がスグルさんの理解す
るような「実に単純」な ものではないからです。以下、かか
れていること すべてに あてはまることですが、スグルさん
は、相手の主張を理解せずに 「実に単純」な ものだと き
めつけてヒハンしているに すぎないのです。


3.『従軍』慰安婦は いない?

> 慰安婦という女性は確かにいた。しかし日本軍に強制連行され、
> 性の奴隷にされたという『従軍慰安婦』なるものは存在しない、
> 僕はそう考えています。

 これを前提にしたら、このリンクで議論していることは、意
味がありませんね。ほかの部分で議論していることを さきに 
おわらせなければなりません。
 スグルさんは、「日本軍」に強制連行されたひとは いない
という奇妙な主張をつづけながらも、「慰安婦」になることを
強制させられたひとがいたことは みとめているのかと おも
っていたんですが、ちがったんでしょうか。
 「日本軍の強制連行」かどうかを おくとしても、のぞまず
に「慰安所」に いれられたのなら「性の奴隷」でしょう。ま
た、のぞんではいったのだとしても、そこに とじこめて か
えれなくしてしまったのなら、これも「奴隷」です。


4.「謝罪」とは?「感謝」とは?

> 単純に彼女らを「被害者」と規定し、証拠不充分なままで
>「国のせい」というな結論を導き出し、果てしなき認罪意識の
> 下に祖父の世代を断罪し謝罪する…このような泥沼的状況は
> どうにもおかしいのではないでしょうか。これは本来被害者
> 側にも失礼な事です。僕ら日本人は彼女たちに「許しを請う」
> べきなのでしょうか。そうではないはずです。僕らは戦時中、
> 体をはって兵士を慰めてくれた彼女たちにむしろ感謝をすべき
> なのです。

 彼女らが「被害者」だと理解することと、スグルさんがいう
意味で「規定する」ことには なにか ちがいがあるようです。
わたしが「日本の国家のはらうべき責任」を指摘することと、
「国のせい」とスグルさんが表現させようとしていることの あ
いだにも、「日本人としての責任を自覚する」とわたしがかんが
えることと、「果てしなき認罪意識の下に祖父の世代を断罪し謝
罪する」ことの あいだにも、ちがいが ありそうですよ。それ
から、「謝罪」することと「許しを請う」ことも おなじじゃな
いでしょう。

 けっきょく、わたしが「かのじょたちは ゆるしたがっている
んです」という ことばまで 紹介して、「謝罪」というのはど
ういうことなのか 問題提起したことは、まったくの ムダだっ
たようです。
 スグルさんは、もっと、相手の主張を 予見なしに理解するよ
うに つとめてみたら いかがでしょうか。

 わたしは、スグルさんの主張を、スグルさんの ことばから
理解しようとおもいます。「体をはって兵士を慰めてくれた彼女
たちにむしろ感謝をすべき」と いうことですよね。感謝という
のは、りっぱなことをして自分たちをたすけてくれたひとに 対
してするべきことです。「本来被害者側にも失礼な事です」と 
かいていますが、「被害者」だと みとめるのなら、「感謝」は
すじちがいです。また、もし「被害者」だ などと おもっても
いないのに「本来被害者側にも失礼な事です」などと 道徳を 
もちだすのなら、これは ふまじめもはなはだしいものです。
 「感謝」というのは、賞賛をふくむことばです。今後も、すす
んで『慰安婦』となるような女性がでてくることを スグルさん
は のぞむのですか。そういう女性を賞賛するのですか。
 ひとの議論を 感情論だなどというまえに、自分のいっている
ことが どういうことなのか もう一度 かんがえなおしてみた
ら どうかと おもいます。


5.自分のイデオロギーをとうこと

 スグルさんは、わたしの つぎのといかけにも、かみあわない
こたえを しています。

  わたしは、もしかして、スグルさんは、「日本が憎い」
  という発言に、なにか、イデオロギー的な反応をされ
  ているように おもうのです。

わたしは、スグルさん自身が イデオロギー的な思考しかできな
くなっているんじゃないかと いっているんですよ。韓国のイデ
オロギー教育がどうのこうのいうまえに、ご自分が 相手の意図
を 相手のこえをきいて 予見なしに判断できているかどうかを
かんがえなおしてほしいと いっているのです。

 せっかくだから、すこし反応しますが、

> 歴史教科書では元寇を丸ごと削除して豊臣秀吉の朝鮮侵略に大
> きなスペースを割いているような国

と いうのが まず真偽の問題があるけれども、それをおいてお
いて、では 日本の教科書が、「元寇」にいたる過程で高麗で 
おこった元による朝鮮人への圧迫と抵抗を どれだけかいている
のかとか、豊臣秀吉の朝鮮侵略について、それが 朝鮮にあたえ
た被害と影響について なにが かかれているかを とえば、そ
れぞれに 自国中心の観点からくる 記述のかたよりがあること
は あきらかで、日本のことが 国外からみて どう うつるか
という想像力を かいて、このように 他国の一面を 一部分だ
けとりあげて なにか わかったように 非難できる感性は、す
でにして イデオロギー的です。まして、

> 「この人はもはや日本を憎む事でしか生きがいを見つけられな
> くなってしまったのでは…?」という疑いの念は、例えば彼女
> たちが「処女供出」などという常軌を逸した言葉を持ち出して
> 日本を非難し始めた時などに湧き出てきます。

などと たとえ 率直な感想だとしても、なにも たしかめもし
ないで かけてしまう感覚は、「いったい、スグルさんは 自分
のことばに 責任をもてるんでしょうかね…」と いいたくなる
ほどです。
 スグルさんは、もと「慰安婦」のかたに あって、日本を非難
しはじめるようすを みたのですか? かのじょたちと はなし
て そこにある 感情に ふれてみたのですか?

 「処女供出」とは、未婚の女性を戦争協力のために国策に従事
させるようにしろという意味でしょう。結婚していたら 兵隊に
なるべく おとこのこをうめというのが、「うめよふやせよ」と
いう当時の国策でした。だから、軍需産業への労働力の供出も、
未婚の女性にかぎられたのです。そのことを「処女供出」と よ
ぶのであって、そのことばが 業者などが「慰安婦」あつめをする
ときには、いかにも総督府の命令であるかのようにみせるために
名目として つかわれたかもしれないと いうものでしょう。
 そういうことを 証言しているひとが いるということなんで
すよ。ちなみに、韓国ではいまでも、未婚の女性のことを ごく
ふつうに「処女」と よんでいます。この ことばの どこが、
「常軌を逸し」て いるんですか。この ことばが もと「慰安
婦」の くちから、とりわけ日本を非難するための ことばとし
て つかわれたという例を あげてみてください。


6.素朴な実感は「自虐」にさきだつ

> はい、僕も違うと思います。「戦争が憎い」という言葉はこの
> 国に住む人間ならば誰もが持っている感情です。この平和な世
> に理由もなく誰が戦争など望むでしょう?よほどの奇人か自殺
> 願望者でもなければそんなものは望みません。
>「東京裁判史観」・「自虐史観」とは「日本がすべて悪かった」・
>「日本を犯罪国家と規定し、未来永劫その罪を問い続ければ戦争
> は防げる」といった果てしなき認罪意識と自己喪失から日本の
> 立場を考える事すら放棄するという無責任思想の事です。

 戦前の世代の人がときおり「戦争がにくい」と いうのは、
「この平和な世に理由もなく」「戦争など望む」ひとがいること
を「にくい」と いっているんじゃないことぐらい、わかってい
るでしょうに。
 それは、日本のやった戦争がにくいという いみですよ。

 スグルさんの定義する「東京裁判史観」・「自虐史観」には、
具体的にあてはまる事例がありませんね。いままで、おおやけに
「日本がすべて悪かった」「日本を犯罪国家と規定し、未来永劫
その罪を問い続ければ戦争は防げる」と 主張した歴史家が い
たのなら、おしえてください。

 「戦争がにくい」という 素朴な実感も、マルクス主義史観の
系列にぞくする学説も、スグルさんのいう「東京裁判史観」・「
自虐史観」と無縁であることは あきらかです。それでも、日本
のした戦争に批判的な距離はもっているわけです。

 韓国で戦争の被害者たちが「日本がにくい」と いうのは、そ
れらと、とりわけ 素朴な実感のほうに ちかいのだと わたし
は いっているんですが、スグルさんは、また 別のことを論じ
はじめているようです。

> 外に敵を作って国内の結束を高めるというのは幼稚だという意
> 見もあるのですが、韓国が「日本がにくい」と繰り返す事で元
> 気になるならそれはそれで構わないでしょう。それは「(秋月
> さん曰く)『日本がにくい』としか、表現のしようがない」韓
> 国の悲劇なのかもしれません。

 韓国人の戦争被害者と「韓国」そのものの同一視。わたしが
「素朴な実感」と いっているのに 反論するでもなく、「外に
敵を作って国内の結束を高める」などと 全然ちがうことを い
うのは なぜなんでしょうか。
 いっておきますが、わたしが あった 韓国の戦争被害者たち
は、「外に敵を作って国内の結束を高める」たぐいの「幼稚」な
政治手法には おおきな不信感をいだいているひと ばかりです
よ。そのたぐいの 政治的な演出のなかで、自分たちのうったえ
ている被害とそこからの回復措置については ごまかされつづけ
てきたことを よくしっているからです。
  「(秋月さん曰く)『日本がにくい』としか、表現のしよう
   がない」韓国の悲劇
などと、「韓国の」なんて いってもいないことを かってに 
くっつけて わたしの意見を ねじまげるようなことは やめて
ください。質がわるすぎます。

  
7.うったえをとりあげず、けちつけだけするスタンス

 さて、つぎの 西岡氏の記事についてですが、

    故金学順氏は「なぜ過去の恥をさらしてまで名乗り
    出たのか」という問いに対し本当に心を許した人に
    は「訪ねて来る人もいなくて寂しくて…。」と漏らし
    ていたとか。(後略)

> 僕は逆に公の場での発言でないという事に注目し、証言から距
> 離を置く姿勢が必要だと感じたのです。と同時に彼女のこの言
> 葉に真実味を見たというところもあるでしょうか。もし西岡氏
> の記述がウソではないとすれば、秋月さん自身はこれについて
> どう思われます?

この ことばに真実味をみるのは、「本当に心を許した人」も同
じだから、そのことばが 西岡氏のところにまで つたわったの
でしょう。西岡氏も ジャーナリストなら、ちゃんとウラをとっ
て、「…と漏らしていたとか」などと 真偽のあやしげな かき
かたをすべきではないと おもいはしますが。

 わたしも それほど 不思議な発言だとは おもいません。こ
の発言がどうして、「証言から距離を置く姿勢が必要だと感じ」
ることに つながるのか 理解にくるしみますが。人間は、たず
ねてくるひとがいなくて さびしいと、うそを つくように な
るとでも いうのですか? 


> 僕はこの論文(97年「SAPIO」1/15号)により証言に対し
> て一歩距離を置くという姿勢を持つべきだというキッカケがつ
> かめたという事を前の投稿で書きました。秋月さんは1つ勘違
> いされているようですが(これは結構「強制連行アリ派」が勘
> 違いしている事なんですが)、ハッキリしておきたいのは西岡
> 氏は「慰安婦を攻撃しているのではない」という事です。

 これでは、全然、ハッキリしないですよ。根拠をしめさないと。

 わたしは、直接 西岡氏と はなしたことがあるんです。その
とき、当然 わかっているはずのことを ごまかしているのが 
わかったので、まったく信頼できない人物だと おもいました。
「慰安婦を攻撃している」か どうかは みかたのちがいでしょ
うけど、かれの スタンスは、一方のたちばに与するように、か
くべきことを取捨選択したり ぎりぎりのところまで誇張をきか
せたりしていることは まちがいありません。これは、以前に指
摘したとおりです。


> ここで西岡氏は故金学順氏をはじめとする元慰安婦の経歴を隠
> してキーセンと書かず「挺身隊」の名で連行されたという誤報
> を出しておきながら一切訂正しない朝日新聞をはじめ、「挺身
> 隊=慰安婦」などのニセ情報を振り撒き、世の誤解を助長して
> 一切反省しようとしない日韓マスコミを明確に批判したのです。

 キーセンには なっていなかったのに、ここでもまた「経歴を
隠してキーセンと書かず」と かきつづける スグルさん(ある
いは西岡氏)は、「一切訂正しない朝日新聞」と かわりません
ね。しかし、朝日新聞は、「金学順氏が挺身隊の名で連行された」
と かいてはいないと おもうのですが、わたしのしらない記事
が あるのなら、おしえてください。
 ちなみに、もし、金学順氏がキーセンになっていたら、反対に
「慰安婦」にされることは なかったでしょう。キーセンになっ
ていたら、中国につれていかれることもなかったし、朝鮮から直
接ひっぱられることもなかったと おもわれます。「慰安婦」と
して体験したような こわいおもいも しないですんだでしょう
し、ひどい暴行をうけたり、有無をいわせずに性交を強要される
ようなこともなかったはずです。西岡氏は、こういうキーセンの
地位についてもしっているはずだし、もちろんキーセンだったの
ではなく、キーセンになれなかったので中国へむかったこともし
っていたはずです。そして、当初、金学順氏じしんが そこまで
詳細な証言をしていなかったことも 経緯をおえば わかるはず
のことなのに、それを 初期の新聞の報道にかいていないからと
いって、「かくし」たのだと おもわせるような 文章をかいて
いるのでしたら、これは 相当に悪質です。

 「挺身隊」と「慰安婦」の関係については 何回もかきました
が、これを単純に「ニセ情報」というのは、同一視するのとは 
反対のがわの もう一方のあやまりです。また、「韓国では、
『慰安婦』のことを『挺身隊』と よんできた」というのは、こ
の問題が浮上してくる以前からの事実なのですから、それをのべ
ただけの文章にまで「世の誤解を助長して一切反省しようとしな
い」などというのは、ためにするヒハンと いうべきです。だい
たい、
   『慰安婦』は『挺身隊』だから問題なのだ
というような 立論は、被害者のがわからは されていません。
   『挺身隊』だったら日本の責任は明白だが『慰安婦』は    
   『挺身隊』じゃなかったから くにの責任はとえないんだ ☆
などと いうひとは、わたしは、スグルさん以外にみたことがあ
りません。(そのうえ、その論理も理解の範囲外です)


> そして金氏からの「訪ねて来る人もいなくて寂しくて…。」と
> いう言葉を引き合いに、結局のところマスコミらは彼女らの人
> 生を運動のために利用して弄んでいるだけではないのか?とい
> う疑問を呈したのです。

 こういうことは、本人の信頼をえているひとが いってこそ、
説得力もあるんです。西岡氏も結局、「彼女らの人生を運動のた
めに利用して弄んでいるだけ」の ひとりでしょう。「運動のた
め」じゃなくて「商売のため」なのかもしれませんが。
 金学順氏が うったえようとしたことを 西岡氏は なにひと
つ くみとっていません。ただ、けちをつけているだけです。


8.『慰安婦はいなかった』とは、証言を無視した態度のこと

> 永野氏の発言についてですが、秋月さんが「『証言している 
> あなたたちはこの世に 存在しないのも おなじだ』と言った
> も同然」と、ものすごく憤慨して非難されていましたので、彼
> は赤い血が通った人間とはとても思えないほどの、まさに畜生
> にも劣る非人間的無責任発言をしたのかと思ってましたら、

 「赤い血が通った人間とはとても思えないほどの、まさに畜生
にも劣る非人間的無責任発言」などと、わたしが つかってもい
ない ことばで、わたしの きもちを かってに代弁したつもり
になって議論をするのは、スグルさんの くせなのでしょうか。
 今後いっさい、このようなことは やめてください。不愉快で
す。永野氏の発言は ゆるせませんが、だからといって、血が赤
くないだろうとか、畜生におとるなどということばは、わたしは
つかいません。永野氏にも血にも畜生にも失礼です。

> 慰安婦は当事の公娼であって、それを今の目から女性蔑視とか、
> 韓国人差別とかは言えない」ですね(笑)。

いいですか。現に、自分が当時の「慰安婦」であって、公娼では
なかったんだと うったえているひとが いるときに、それに 
反論するなり、疑問を呈するなりするのなら、議論にはなるでし
ょう。そうじゃなくて、実際に なのりでているひとが いるこ
とを しっているのに、それにコメントすらせずに、証言されて
いることと正反対のことを いったのですよ。「『証言している
あなたたちはこの世に 存在しないのも おなじだ』と言ったも
同然」だというのは、おおげさじゃありません。
 「永野氏にも独自の見解があっても、なんの不思議もない」で
しょう。それとは、別の問題です。証言を信じるかどうかとも別
の問題です。本人がなのりでているときに、それが 本人ではな
いということを いっているわけですから、それなりの根拠をし
めさなければならないし、そもそも すべての「慰安婦」のこと
を しっているはずがない 永野氏が 検討もなしに そんなこ
とを断言しては いけないのです。軽々と 反証を無視して こ
の発言ができるということ自体が かれの女性蔑視と韓国人差別
を露呈しています。

 くりかえしますが、証言に疑問をもつだけなら、なにも非難さ
れるようなことはありません。永野氏の あやまりは、根拠のな
い断定を 現実に問題になっている状況を無視して 放言したこ
とに あるのです。(「慰安婦」制度が 公娼制ではなかったこ
とは たてまえのうえでも、当時の法令にてらしても あきらか
です。ましてや その実態については、証言を検証する作業ぬき
に 断言することはできないのです。)

> 冷静になりましょう。論壇の上で非難するとすれば、あの詐話
> 師(さわし)と評される吉田清治氏の「慰安婦狩り物語」をあ
> げつらって告発した上に、未だ何の謝罪もせず議員やってる本
> 岡昭次氏や、吉田証言を裁判の訴状にまで使った上に国家総動
> 員法に結び付けて「挺身隊=慰安婦」の混同までやって日本を
> 犯罪者扱いして、これまた一切謝罪しない弁護士なんかまさに
> 万死に値する人々ですが、彼らは何の責任も問われていません。
> これが何を意味するのかはこのHPを見ている方々の判断に任せ
> ましょう。

 疑惑があるところに、質問するのは国会議員として当然です。
質問したことと、閣僚として判断を示したこととは、おうべき責
任もことなります。さらにいえば、吉田証言をあげて質問したか
らといって、それが全部ただしいと いったことにはなりません。
しかし、「くにの関与はなかった」と政府答弁したら、その答弁
には責任が生じるのが当然です。
 訴訟をおこすときに、その時点での有力な資料をつかって訴状
をかくのも当然です。「慰安婦」の徴集を国家総動員法に むす
びつけるのは、当時の社会背景を検討するうえで当然のことで、
軍が従来の法規をまげてまで「慰安婦」の移送をさせられたり、
悪質な業者が発覚していても「慰安婦」徴集をすること自体が中
止されなかったのも、国家総動員態勢がつくられていたからです。
「挺身隊=慰安婦」の混同は、スグルさんが引用された訴状の部
分をみても「混同されている」という事実の客観的な叙述にとど
まっており、これは、韓国での言論を理解するうえでの基礎知識
にも なるものである以上、ふれておくのが きわめて妥当だと
いうべきでしょう。
 「あの詐話師(さわし)と評される吉田清治氏」などと、にげ
みちをつくったかきかたで 人格攻撃をするのは 好感がもてま
せん。「冷静になりましょう」といいながら こういうことを 
かくのは無責任な態度です。


> 今までの投稿で書いてきたように、事実の有無が問われている
> 問題に対しては感情移入以前に今ある証拠を吟味する事で判断
> するという姿勢が大事です。

 もと「慰安婦」のかたたちが『慰安婦はいなかった』と いっ
たひとがいると いって憤慨したと いうことに ついて、はな
しているんでしょう。わたしは、憤慨するには 十分なわけが
あると 説明したのです。もういちど引用すると、

   『慰安婦はいなかった』というのは、もしかしたら正確な
   引用ではないかもしれません。しかし、以上のようなこと
   への感性を なくしたまま、引用が正確でないことを せ
   めることに、どれだけの 意味が あるのでしょうか。

これは、憤慨しているかのじょたちのことを 理解しようとして
いるんであって、「事実の有無が問われている問題」に判断をし
めそうという議論じゃないでしょう。
 スグルさんは、かのじょたちが、いってみればデマにたいして
おこっていると 感じた。だから、わたしは、そうとは いえな
いと かいたのです。ここで 議論しているのは、かのじょたち
の憤慨の理由です。感情について議論しているのですから、その
かぎりで、感情移入もしてみたのです。
 それなのに、それを わたしが 別の問題に利用しようとして
いるかのようにかくのは どういうわけですか。卑怯ですよ。


> テレビを見た万人の人々の目の前に「『慰安婦はいなかった』
> と言っている人がいるそうです。あんまりです。」と泣き叫ぶ
> 元慰安婦の悲痛な声が映し出されたとき、それを見た人々の頭
> にはどのような情報がすり込まれることになるでしょうか?答
> えは言う必要もないでしょう。誰の目にも明らかです。

 スグルさんは、けっきょく日本人までも ばかにしています。
まともに ものを かんがえる ひとだったら、どうして その
ような発言がでてくるのか、かんがえるでしょう。実際に、おな
じことばでなくても、そういう意味のことを いっているひとが
いるということに 気がつくはずです。
 もし、さいわいにして、これが 単なる誤解だったとしても、
それならば、そのような誤解がひろがらないようにするためには、
まず、日本全体が うったえのこえを ちゃんときいて、永野氏
のように あたまごなしに 否定するのではなく、はっきりした
反証がない以上は それが ほんとうのことである 可能性を 
かんがえつつ うけとめ、反論や客観状況とつきあわせて 真相
を究明しようとし、そのためには、政府のもっている文書は ほ
んらい すべて公開されなければならないのではないかというと
ころまで 議論をすすめていくことでしょう。
 日本人全体が、まだまだ かのじょたちに むきあっていない
から、かのじょたちは、『慰安婦はいなかった』と 無視されて
いるように感じるのです。ほんとうに 証言はうそだと 確信を
もっていえる ひとがいるのなら、本人にただすべきなのです。
それを、あやしげな伝聞情報や たてまえというウソに ぬりか
たまれた 文書の都合のいいところだけを つぎあわせて 心証
を わるくするような 議論をしていること全体が、証言者の 
存在を かるくみた いとなみなんだということを 最後にのべ
て、おわりにしたいと おもいます。 

*訂正記録************************

 訂正前 : 『挺身隊』だったら日本の責任は明白だが『慰安婦』は    
       『挺身隊』だから くにの責任はとえないんだ      ☆

 訂正後 : 『挺身隊』だったら日本の責任は明白だが『慰安婦』は    
       『挺身隊』じゃなかったから くにの責任はとえないんだ ☆

以上 99年1月4日 訂正

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