つぶやき会議室

つぶやきなのに、会議室です。会議室ですが、つぶやきます。

1999/01/03(02:03) from 164.124.70.168
作成者 : きんちょ (AKIZUKI@chollian.net) アクセス回数 : 129 , 行数 : 375
Re)#161 疑わしきは罰せずU
 #161への 回答です。時期がかなりたったので、新規投
稿の かたちを とらせていただいています。

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 スグルさんの 一連の反論に おこたえするなかで、この投
稿に こたえることを いつのまにか わすれてしまっていま
した。すでに ほかのリンクで かいたことと くらべて め
あたらしいことは ないのですが、このままに しておくのも
よくないと おもったので、おくればせながら、おこたえさせ
ていただきます。

 まず、「戦地への移送は、それだけで、拘束する機能をもっ
ている(のだから 問題だ)」と わたしが指摘したことに 
たいして、スグルさんは、つぎのように のべました。


>    しかしそういったケースでの「軍が悪い事やってた」
> という根拠は結局「証言」だけなのですから、あくまで「ダ
> マされたと説明したが返してくれなかった」という元慰安婦
> の方の証言が「立証」されて初めて言えることです。そして
> それには軍が女性を拉致・拘束することを当時の方針として
> 行っていたという「悪意の関与」を証明せねばなりません。

そして、それが「非常に考えにくい」理由として、1938年
2月23日に実施された「支那渡航婦女の取扱に関する件」と
同じく1938年(昭和13年)の、11月8日に実施された
「通牒案 南支方面渡航婦女の取扱に関する件」を 引用され
ました。

 この2つの資料については、162番の投稿『日本国家の責
任と資料検証』で くわしくのべました。これで、スグルさん
の もちだしたことへの 反論はつきていますが、このスグル
さんの主張のなかにある、

   軍が女性を拉致・拘束することを当時の方針として
   行っていたという「悪意の関与」

という部分については、ちょっとコメントが必要なようです。

 すぐるさんのいう「悪意」あるいは「関与」とは、「方針と
しておこなう」ことを その構成要素とするようです。しかし
わたしは、これは へんだと おもいます。
 「組織的におこなう」ということと、「方針としておこなう」
ということとは、別のことです。「女性を拉致・拘束すること」
が軍の当時の「方針」だったら、それはもちろん とても わ
るいことですが、そうでなくても「組織的に関与」したという
可能性はあります。そして、それが正式な命令などをともなう
「方針」でなかったとしても、軍の組織がひきおこした結果な
のであれば、やはり軍の責任はとわれなければなりません。
 これは、良民虐殺などのばあいをかんがえれば、あきらかで
しょう。軍の上層部が「住民を無差別に虐殺しろ」と命令して
いなかったとしても、じっさいに軍の一部であれ そういうこ
とをしたなら、そのことに対して軍は責任をとわれるのが当然
です。たとえば、いま、韓国では 朝鮮戦争のとき みかたで
あるはずの米軍が 住民をスパイ視し、大量に虐殺した事件の
あった むらの ひとびとが 米軍をあいてどって裁判をおこ
すような うごきがあります。これは米軍としても のぞんで
ひきおこした事件でないことは あきらかです。しかし、誤認
の危険があっても、作戦上、スパイのうたがいがあるものは 
ころしてしまうことを優先したことは この件に関するかぎり
は事実なのですから、それに対しては きちんと責任をおうこ
とが、韓国で米軍が信頼をえるという 観点にたったとしても
必要なことに ちがいないと 住民たちは主張するわけです。

 このように、全体の「方針」でなくても、組織が してはな
らないことを ひきおこしたとき、それを ふせげなかったこ
とへの責任が生じます。「慰安婦」問題だって おなじです。
 ただ、わたし自身は、むしろ「慰安婦」問題のばあいは、末
端の不祥事というよりは、軍部全体の「方針」に ちかいもの
を 感じます。人は、とくに日本人は(?)、自分が意図しな
かったことで、他人に被害をあたえたばあいには 比較的すな
おに あやまれるのではないかと おもいます。もと日本軍上
層の関係者たちが、「慰安婦」問題について その責任をみと
めようとせず、さらには被害者たちに攻撃的な姿勢さえみせる
のは、むしろ実のところは これが末端の不祥事でも不注意に
よる過失でもなく、こうなることをしったうえでの「方針」に
ちかいものであったことを わかっているからなのでは ない
でしょうか。おわなければならない責任の あまりのおおきさ
に、自分たちのしたことを必死になって合理化しようとしてい
るのではないかと、おもうのです。


> 今出ている資料でそう断じる事ができると考えておられるな
> らば、それは個人の主観によるものですから構いません(ち
> ょっと想像力が豊かすぎる気もしますが(笑))。しかし現
> 時点において公開されている資料の中から「ダマされたと説
> 明したが返してくれなかった」という元慰安婦の方の証言を
> 立証できる資料は存在しないと僕は主張します。

と いう点については ちょっと のべておきます。

 たしかに これを厳密な意味で いつ・どこで・だれが・だ
れに対して・どのように「ダマされたと説明し」、しかし「返
してくれなかった」と立証するのは 困難なことです。しかし
被害者の年齢、それまでの経歴、家庭と当時の社会の状況から、
「慰安婦」になったのが本人の意思では ないという証言は
ごくふつうにかんがえて妥当性があり、そうであれば、「だま
された」といって かえしてくれるように いったとかんがえ
るのは、証言がなくとも ごく自然なことでしょう。
 また、当時の公娼制の規定であっても、未成年者に売春をさ
せることは禁じられていたのだし、本人の自由意志であること
の確認は業者のがわに義務づけられていたことをのべておかな
ければなりません。うえのような詳細な立証は必要ないという
ことです。  

 いまの裁判でも、状況証拠というものは、ひろく採用され、
証言がそれと一致すれば、かなり強力な証拠としてみとめられ
るのは 説明するまでもありません。

 そして、わたしは、日本政府のがわが、「慰安婦」たちが、
「本人の自由意志」に よるものであることを 確認していた
ことをや、問題があったばあいには おくりかえしていたと 
いうようなことを しめす資料が でてこないじゃないかと 
いうことに対して、

> ハッキリ言いますと、そのような証拠は出す必要は全く無い
> のです。なぜなら、まず日本を犯罪者扱いした「告発側」に
> 証言を「立証」する責任が生ずるという事が民主主義の世の
> 中では常識中の常識だからです。

と のべられていますが、これは、なにかを かんちがいして
いるのではないかとしか、いいようが ありません。だいいち、
「日本を犯罪者あつかいした」と いう とらえかたじたいが、
国家と個人を混同して理解を混乱させるたぐいの スグルさん
のかってな解釈にすぎず、原告の主張にそったものではありま
せん。ほかの 投稿への おこたえで わたしが かいたこと
を もう一度のせておきます。

 164番 『Re: 三段論法は成立しないU』より

   また、裁判技術として一般論をいえば、被害をうけた当
  事者の立証責任というのは、真実を証言すること以外には
  ありません。
   一般の犯罪なら、嫌疑の段階で捜査がされますよね。嫌
  疑に相当の理由があれば、家宅捜索などもされ、証拠があ
  つめられ、容疑者は逮捕されて、とりしらべをうけます。
  そして、告発がわの証言は、反証をへたうえで証拠として
  あつかわれます。反証がなく、うたがうにたる合理的理由
  がなければ、そのまま採用されることがおおいでしょう。
  こうした条件のなかで、検事には立証責任が科されていく
  わけです。
   民事では、強制捜査ができませんが、そのぶん、立証責
  任は双方に課されるとみることができます。証言に対して、
  指摘されたことが事実に反するなら、当然に反論できるは
  ずのことを 反論しなければ、不利になることは まぬか
  れないでしょう。


 166番 『Re: やっぱり軍による強制連行は証拠不充分』より

   なんか、かんちがいしていませんか。いま、裁判にかか
  っているのは、すべて民事訴訟で、賠償請求をしているの
  ですから、「有罪にもちこむ」なんて表現じたいが あて
  はまりません。だいたい、賠償は、有罪になったからする
  ものではなくて、ほんらいは、国家が道義にしたがって立
  法し、自主的にするべきものです。

 さて、「スリカエ」とか「ダブルスタンダード」とか いわ
れた件について おこたえしましょう。

> 一般論によって軍による「悪意の関与」を指摘し、その違法
> 性を問うておきながらその一方で「一般論で語るのがおかし
> い」「一人一人が、どのような人権侵害を受けたかだ」と一
> 般論を否定(最近の新説「強制性」?)するのはスリカエと
> 同時にダブルスタンダードでもあるのではないでしょうか…?

「悪意」であっても そうでなくても、人権侵害に軍が関与し
ていれば なんらかの責任が生じるわけですが、そういうこと
は、ひとりひとりの被害を認定していく背景を構成する証拠と
なるものです。背景の状況を再構成するのに一般論をもちい、
具体的な被害を考察するのに、当事者の独自性を重視すること
のは、ごく当然のことでしょう。
 さらに、違法性というものは個別の事例を一般論にあてはめ
ていって みちびきだすものなんじゃありませんか?

 わたしが いいたいことを あけすけにいえば、スグルさん
は その当然のことの逆をやって、責任をちいさくみせようと
しているようです。ひとりひとりの被害者の被害が「慰安所」
にいれられたことによって おこっていることが明白で、「慰
安所」への軍の関与とそれによる責任が一般論でかたりうるの
に、ひとりひとりについて「悪意の関与」が 具体的にどうで
あったかの個別の証拠をもとめ、げんに 証言している被害者
の うったえる被害の ひとつひとつを検討せずに、一般論(
としても あやしいものだけれども)として のぞんで「慰安
婦」になったひともいるとか、おかねを かせいだひともいる
などという そのひとに関係ないことを もちだすことのほう
が、抽象的なレベルの論理がもとめられるところに 部分的な
事情をもちこだり、ほんらい個別でしかないものを一般論にし
て相対化するものだと いわなければなりません。


> 前の投稿の中で秋月さんは「この問題は、現に うったえを
> あげている被害者がいることから 対応をせまられているも
> のだ」という前提の下で上記の論を展開されましたが、この
> 問題は元慰安婦が被害を訴えたために始まったのではなく、
> 日本の側から浮上したもので吉田清治氏による「慰安婦狩り
> 物語」と千田夏光氏による「挺身隊=慰安婦」という誤りに
> よって語られてきたものである事が歴史的事実であり、未だ
> 世界では慰安婦を「セックス・スレイヴ」と認識し、自分の
> 国の軍隊にもいた売春婦とは違うと思い込んでいて、誰も「
> 広義の強制連行」とは言ってないというのは周知の通りです。

 「元慰安婦が被害を訴えたために始まったのではなく」とい
うところにだけ、コメントします。
 もと「慰安婦」の かたが被害をうったえはじめる まえに
も、「慰安婦」問題をめぐっては いろいろなうごきが あっ
たでしょう。日本でも それを とりあげるひとがいたし、韓
国でも 先駆的な運動があったことが歴史的事実です。
 わたしが いったことは、そのころと、実際に被害者がなの
りでた あとでは、問題の質が ちがってきていると いうこ
とです。

 たとえ、スグルさんの いうとおり、この問題が「日本から
浮上し」「誤りによって語られてきた」もので、そのことが世
界での認識に影響をあたえたのだとしても、被害者がなのりで
たことによって、問題の とりあげかたも、認識のしかたも、
かわっていくのが 当然でしょう。

 まして、スグルさんの うえの認識は ほぼ事実無根で、「
歴史的事実」でも なんでもありません。もし、そんなことを
いいたいのであれば、クマラスワミ報告でもなんでもいいけれ
ども、それが「日本から浮上し」「誤りによって語られて」い
て、「セックススレイブ」という用語が その「誤り」に さ
さえられて なりたつことばだということを きちんと 立証
してください。

 
 さて、その「セックススレイブ」に かかわることですが、
わたしが、つぎのように かいたことに、

   そのひとの 人生を「ドレイ」だなんて だれも 
   いっていないでしょう。「ドレイ」にされたのは、そ
   のひとが「ドレイ」だからじゃなくて、「被害者」だ
   からじゃないですか。

> …なんか言いたいことがよくわからないのですが…。

と いわれてしまいました。

 「性奴隷」という いいかたが、被害者個人の人格にラベリ
ングしたものではなく、被害者の「被害」を表現したことばで
あることは 明白だろうと いうことです。
 そんなことは みんな わかっているのに、

>   多面的存在である人間に対してその人を「奴隷」と勝手
> に第三者が決め付けて「評価」「認定」してしまう事自体が
> 人生をバカにした行為ではないだろうか?と僕は疑問を呈し
> たのです。

と いうのは どういうことなんでしょうか。スグルさんは 
まさか、「奴隷」にさせられた ひとの「人生」は、一生「奴
隷」で あるべきだと いいたいわけじゃ ないでしょう。わ
たしも、「性奴隷」という ことばをつかう ほかのひとたち
も、もちろん、そんなことは おもいもしないでしょう。

 じゃあ、なんで、この ことばが、「多面的存在である人間
に対してその人を」「勝手に第三者が決め付けて『評価』『認
定』してしまう事」なんだと きめつけるんですか? だれが
どこで、そういう つかいかたを しているんですか? 

 本人が どう意識していたにせよ、「慰安婦」制度は、軍が
「慰安婦」を奴隷として あつかった制度でした。そもそも 
日本の軍隊は 兵隊を奴隷のように あつかったのですから、
捕虜や「慰安婦」の 人権をたいせつにしなかったのは、当然
といえば 当然だったかもしれません。
 奴隷のようにあつかわれた 日本の兵隊だって、「くにのた
め」と おもって それに たえたひとも おおかっただろう
し、なかには 奴隷のように あつかわれることを 名誉に 
感じたひとだって いたでしょう。あるいは 集団にうまく 
適応して、みずから奴隷でありながら、ほかの奴隷をつかうが
わに まわるひとも いたかもしれません。
 性奴隷だって おなじことです。朝鮮人「慰安婦」のなかに
も、「くにのため」と おもって たえたという証言をする 
ひとも います。あるいは、「戦争にまけたら もっと ひど
いめに あうと おもって かつように いのっていた」と 
いう ひとも います。なかには、将校にうまくとりいって、
特権をえる 「慰安婦」も いただろうし、軍票をあつめて 
借金をかえすことに いちるの のぞみを たくして、「しご
と」に はげむひとも いたかもしれません。
 でも、このひとたちは 自分の人生を 自分できめることは
はじめから不可能だったのです。すきなときに「慰安婦」にな
って、すきなときに やめて かえるという わけには、いか
なかったのです。「奴隷」というのは、そういうことです。

 奴隷も多面的存在である人間です。あたりまえのことじゃな
いですか。だから、奴隷は奴隷であってはいけないのです。


> > 過去の倫理や法では その問題の深刻さがじゅうぶんに
> >とらえられなかった問題について、さかのぼって検討し、
> >現在も深刻な被害をもちつづけているひとのために かん
> >がえ、現在になって到達した倫理や法理を積極的に適用し
> >て救済していくことができる主体が国家なのです。
> > なぜなら、個人はわかがえることができなくても、国家
> >にはそれができるからです。
>
> そういった事ができる主体は必ずしも国家である必要はない
> と思います。民間のレベルでも決して無理では無いことです
> よ。

別に異議はありませんが、議論のすじには関係ありません。

> もちろん国際問題を速やかに解決、必要があれば救済すると
> いった機能が国家に要求されることは言うまでもありません
> が、あくまで原則として、国家とはそれ以前にどこまでも
> 自国の「国益」を追求するものであらねばなりません。証拠
> 不充分で中途半端な罪状を突き付けられてオロオロ慌てふた
> めいているようでは国家足り得ません。国益に反するもの
> には毅然とした態度できちんと「NO」が言えて初めて「国家」
> ですね。

「それ以前に」「あらねばなりません」と いうのは なぜで
すか? こういう国家観は かなり ふるくさく おもえます
けど。

 それに、スグルさんのいう「国益」って、どんなものなんで
すか? それ以前にある 民衆の利益って、ないんですか? 

 べつに日本が「国家」じゃなくても わたしは全然、かまわ
ないんですが、「国益に反する」ものに「NO」というのが、
いつでも「毅然とした」態度なんですか。わたしは、道義に
反するものに「NO」と いうひとを みたときに「毅然とし
ている」と 感じるけど、自分たちの利益を主張しているひと
に そんなことばは つかいたくないなあ。 


> 1つ気になるんですが、認罪できる主体は民主主義国家じゃ
> ないと出来ない事でしょうか?そんな事はないでしょう。そ
> れにそこまで行くとほとんどボランティアの領域では。民主
> 主義国家というだけでそこまでの義務が生じるとも思えませ
> んし。確かに理想としては結構な事ですが、やはり現実とし
> てそれは難しいと思います。

 民主主義国家じゃなくても認罪する国家はあるでしょう。
 民主主義を自称していても、認罪しない国家もあるでしょう。

 ただ、民主主義の くになら、「理想としては結構な事です
が、やはり現実としてそれは難しい」などと いうことには 
ならないでしょう。ほんとうに けっこうなことだと おもえ
るのなら、それを 実行できるように くにを コントロール
できる しくみが 民主主義なんですから。だから、「そこま
で行くとほとんどボランティアの領域」であれ、なんであれ、
いいと おもったら実行できるのが 民主主義ですよね。


> 近い将来慰安婦問題とは、日本の戦争責任問題とも賠償責任
> 問題とも何ら関係の無いものだったと国民が気づく時が必ず
> 来るでしょう。当時の倫理では決して慰安所の存在は悪では
> なく、法の観点からも裁ける根拠は見当たりません。常識で
> 考えても50年間も、被害者と称される方たちが口をつぐん
> でいたとしても、その家族、同胞及び政府が黙っているわけ
> もありません。

 もと「慰安婦」として なのりでたかたで、なのりでるに 
あたって 親戚と縁をきったというような はなしは いまで
も 韓国で すくなくありません。なのりでるとき、ふつう、
いちばん ハンタイするのが 家族です。この としになって
のこりの 人生も すくなくなって、はじめて 告白する き
に なったという かたも おおく います。

 国内では ことあるごとに反日の姿勢をとった 韓国のパク・
チョンヒ元大統領が、実は最大の親日派であり、民主化運動を
弾圧するなかで、『独島はわが領土』という 竹島の領有権を
主張する歌までも 禁止曲にしていたり、日本への個人賠償を
もとめる市民運動を弾圧していたことは、いまでは よく し
られています。
 日本にすりよるべき理由が みあたらない中国でも、政府が
交渉カードに賠償問題をつかえるようにするためか、政府のコ
ントロールのきかない 個人の賠償要求運動は、公安のマーク
に あっています。

 これが、日本が侵略したくにぐにの 政治の「常識」だった
のです。「政府が黙っている」わけは あったんですね。

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