日記

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2008年10月2日(木) 

 麻生首相が,早期解散を求める野党の主張を「政局」で ものごとをかんがえるものだとして批判している。

 だが,これは おかしい。

 たしかに,もしかしたら麻生の いうように「政局」だけで政治をみて解散を主張する ひとも いるかもしれないが,それなら,それを「政局だ」と批判するのも また「政局」がらみの発言ではないか。

 いちばんの問題は,このレトリックが正当な政治プロセスについて かんがえることから きている主張も きりすててしまう役をはたしていることだ。

 解散権は首相が もっている。だが,首相が すきかってに 自分たちの利益をかんがえて解散してもいいということでは ないだろう。いや,そうすることは できるが,それをゆるすかどうかは そのあとの有権者の判断だ。みがってな理由で解散時期をきめるのであれば そのことに対して マイナスの審判をわれわれが くだすべきなのだ。だからこそ,首相の解散権の つかいかたについて,それをどう つかうのが政治プロセスとして あるべき すがたであるのかについて われわれは かたることが できるはずだ。

 簡単な原則にそって かんがえるべきだろう。

 選挙の審判をうけて すぐの国会で指名をうけた首相であれば,公約を実現すべく4年間の計画をたて,そのなかで最善をつくすのが ほんらいである。それが いきづまってしまう理由がなければ解散をするのは へんだ。へんというより,責任放棄だろう。逆に,選挙の審判をうけずに 過去の選挙で えらばれた議員をかえずに首相だけが何代も かわっている状態では,解散もせずに だらだらと のこりの任期を審判をうけないまま首相をつづけることは ほんらいでない。まえの首相の方針をそのまま ひきつぐというのなら ともかく,そうではないからこそ自民党は総裁選をおこなった。首相が かわり,内閣も かわり,すくなからず内閣の方針も かわったのである。それなのに審判をうけずにいることが政治プロセスとして のぞましいとは いえない。ならば,そうした状態にあっては早期に解散をおこなうこと,すくなくとも自分たちの内閣が いつまでの時間で どれだけのことをし,なには緊急に実行するが,なには選挙後の新内閣の決定に ゆだねるのかを明示すべきである。

 これは「政局」にするとか しないとかの はなしではない。政治プロセスを大切にすることは,政治の本質に かかわることだ。麻生内閣が ほんとうに おおきな政策を実行したいのなら,まず選挙をたたかい,4年間,国会に過半数の与党の議席をえて しごとが できる態勢をつくるべきだ。それもしないまま いうことだけは長期政権を前提にしたようなことを いいつつ,その矛盾をつく発言を「政局」がらみだといって きりすてる態度は,自分たちが いっていることを実行する気など はじめから ないと いうのに ひとしい。それなら,もっと正直に,「勝てそうになるまで選挙はしません。そのための時間ひきのばし内閣です。」と はじめから いえば いいのだ。

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