日記

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2008年9月1日(月) 無責任ということ

福田首相,とつぜんの辞任表明。

選挙もせずに政権をなげだしたことを野党が「無責任だ」というのは おきまりのコメントだけれども,よくよく かんがえてみれば,なげだしたことが無責任なのではなく,なげだしてしまうようなのだったら もとに もどって首相をうけたということが無責任だったということになると いわなければ いけないんじゃないか。そんな「無責任」な ひとなのなら,「なげだす」のでも なんでも,やめてもらったこと自体は たいへん よかったと歓迎しなくては。

しかし問題なのは,じゃあ,つぎに やる ひとが「責任」をもって やる ひとだとは おもえないということ。なぜなら,小泉選挙での議席が なくなるまでの おのこりに あずかって首相になることに疑問を感じない ひとには,根本的に「責任」感覚が あるとは おもえないからだ。過去のものとなった与党の議席にのみ依拠し,国民の選択をうけないまま政権につくということと「責任」をもって職務をまっとうするということとは あいいれない。選挙をさけて政権についても,つぎの内閣は ながくても1年しか もたないことが すでに きめられているのだから。

唯一,まっとうな「責任」感覚のある ひとが つぎの首相をうけるとすれば,それは首相になるとともに ただちに解散総選挙をおこない,それに勝利することによって自分の政策を実現するのだという気がまえをもっている ばあいだろう。それが最善だとすれば,次善の選択は,みずからを解散総選挙までの選挙管理内閣と位置づけ,選挙後に首相をつづけないと宣言したうえで解散だけを実行する首相。それ以外の つぎの内閣は,だれが首相をするにしても するまえから「無責任」なものでしか ありえない。

2008年9月13日(土) 福田首相の在任中に解散をすべきだ

自民党が総裁選挙をしている。

それは,いい。

だが,報道によれば,すでに解散総選挙の日程が とりださされている。
テレビを見ていたら,総裁選の候補者にマスコミが質問をし,解散の時期について たずねていた。おかしくないか。

おこなわれているのは自民党の総裁選挙である。首相選挙ではないのだ。いまの首相は福田康夫。辞任表明をしたからといって,解散権は福田康夫氏にある。解散の時期をとうのなら,福田氏が解散すべきではないかという質問が,なぜ でないのか。

総裁候補のなかには,すぐにでも解散をすると いっている ひとも いる。どうせ すぐ解散をするのに,選挙前に新首相を選出する意味が あるのか。

解散をするつもりなのだったら,自民党の新総裁は,総選挙に かってから首相になれば よいのだ。総裁選挙で政策論争のようなことをしているのは,まさか,1か月間かそこらの政策をどうするのかという はなしでは あるまい。首相になって何年間か かけて なしとげようとする政策なのではないのか。それなのに,そうした政策を実行しようといって総裁になった人物が,総選挙のための1か月かそこらのために新首相になるというのは どういうことか。それなら,その政策をかかげて さきに選挙をたたかい,選挙に勝利してから首相になれば いいではないか。

かりに衆議院の解散をしないつもりであっても,1年で任期満了の総選挙をしなければならない。ほんとうに総裁選挙で政策をあらそっているのだったら,その政策は選挙による信任をえたうえでなければ実行できないはずだ。1年後に まけてしまったら,それまでになる。それが わかっていて,何年も さきの政策をひっさげて,1年後に どうなるか わからないまま首相の座にだけは つこうというのなら,それ自体が無責任きわまりない。その候補を支持しない ひとびとに対してはもちろん,支持者にたいしても失礼きわまりない はなしではないか。

無駄な新首相など つくらず,福田首相が 総裁選後に解散をすればいいのだ。総選挙になれば,どちらにしろ,首相をえらびなおすことになるのだから,自民党が かてば,そのあとで新総裁が首相になればよい。

なぜ,総選挙をまえにして,自民党の新総裁を首相にしなければならないのだ? なぜ,そのことの おかしさをマスコミは指摘しないのか。

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