日記

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2008年8月6日(水) 放射『能』を無視する「科学的?」議論

 なんとなくNHKスペシャルをみていて,がっかりした。

 みた番組は「見過ごされた被爆 〜残留放射線 63年後の真実〜」。8月6日らしい企画だが,「残留放射線」という ところに ひっかかった。

 放射『能』と放射『線』は ちがう。簡単にいえば「放射線」をだす物質が「放射能」だ。番組のホームページ( http://www.nhk.or.jp/special/onair/080806_2.html# )は,つぎのように いう。

  これまで国は初期放射線の被害は認めてきた一方、放射線を帯びた土などが出す
  「残留放射線」の影響はほとんどないとして、11万人いた入市被爆者の原爆症認定の
  申請は、ほぼ却下してきた。

もちろん「残留放射線」量の再評価は重要だ。だが,「残留放射線」が あるところには「残留放射能」が ある。そして,原爆投下後市内に入った「入市被爆者」たちは 単に その場所に でていた「残留放射線」をそとから あびただけではなく,からだに付着したり,体内に はいったりした「残留放射能」をもちかえり,内部被曝している可能性がある。

現場での放射線以上に放射能をとりこむ危険が重大だという論点は,原爆に かぎらず原発による健康被害を論じるときには ほとんど常識となっている…と,わたしは おもっていた。が,そうではなかったようだ。米国は一貫して広島の原爆による「残留放射線」は1週間もすればゼロになったと主張し,「残留放射能」については検討すら しないという たちばであって,それを「科学的」と称しているらしく,日本の厚生省も それに追随しているとのこと。しかも,当初は入市被爆者の被害を認定していたが,客観的な根拠にもとづいて原爆症の認定をするために,最近になって この米国の調査基準を採用したというのだから,おどろく。そのために裁判で国が敗訴し,あわてて基準の みなおしをしていることは,このところのニュースで報じられているとおり。

 厚生労働省のホームページには,「原爆症認定の在り方に関する検討会」の議事録と資料が のっている( http://www.mhlw.go.jp/shingi/other.html#kenkou )。このなかで,内部被曝についても議論されている(たとえば http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/10/dl/s1004-7b_0001.pdf )。だが,最終報告では,「内部被曝は外部被曝に比して,同じ臓器線量であれば,影響は同等である。」という記述があるのみだ。これでは,これが何を意味するのかが つたわらない。外部被曝であれば残留放射能のある爆心地から はなれれば それ以上,ふえることはないし,その線量もシミュレーションできる。だが,残留放射『能』を体内にとりこみ,それが蓄積されたばあいの被曝線量は,爆心地をはなれても ふえつづけ,微量であっても部位によっては身体に決定的なダメージをあたえることになる。その性質の差こそが問題なのだ。

 番組で取材をうけていた入市被爆者の女性は,直感的に そのことを理解しているのか,インタビューの あいだじゅう,「残留放射能」と いいつづけた。あるときには「残留放射能を取り入れる」という いいかたも していた。だが,それら すべてをNHKはテロップで「残留放射線」と かきかえていた。問題を「残留放射線」の量の推計方法の よしあしに矮小化しては ならない。放射『能』を無視して放射『線』量を計算するのが「科学的」だという,専門家の おごり,あやまった姿勢が,問題を的確に とらえることをさまたげているというのが ほんとうの論点であるべきではないのか。NHKには,そこのところまで ふみこんでほしかった。

2008年8月6日(水) 放射『能』を無視する「科学的?」議論

 なんとなくNHKスペシャルをみていて,がっかりした。

 みた番組は「見過ごされた被爆 〜残留放射線 63年後の真実〜」。8月6日らしい企画だが,「残留放射線」という ところに ひっかかった。

 放射『能』と放射『線』は ちがう。簡単にいえば「放射線」をだす物質が「放射能」だ。番組のホームページ( http://www.nhk.or.jp/special/onair/080806_2.html# )は,つぎのように いう。

  これまで国は初期放射線の被害は認めてきた一方、放射線を帯びた土などが出す
  「残留放射線」の影響はほとんどないとして、11万人いた入市被爆者の原爆症認定の
  申請は、ほぼ却下してきた。

もちろん「残留放射線」量の再評価は重要だ。だが,「残留放射線」が あるところには「残留放射能」が ある。そして,原爆投下後市内に入った「入市被爆者」たちは 単に その場所に でていた「残留放射線」をそとから あびただけではなく,からだに付着したり,体内に はいったりした「残留放射能」をもちかえり,内部被曝している可能性がある。

現場での放射線以上に放射能をとりこむ危険が重大だという論点は,原爆に かぎらず原発による健康被害を論じるときには ほとんど常識となっている…と,わたしは おもっていた。が,そうではなかったようだ。米国は一貫して広島の原爆による「残留放射線」は1週間もすればゼロになったと主張し,「残留放射能」については検討すら しないという たちばであって,それを「科学的」と称しているらしく,日本の厚生省も それに追随しているとのこと。しかも,当初は入市被爆者の被害を認定していたが,客観的な根拠にもとづいて原爆症の認定をするために,最近になって この米国の調査基準を採用したというのだから,おどろく。そのために裁判で国が敗訴し,あわてて基準の みなおしをしていることは,このところのニュースで報じられているとおり。

 厚生労働省のホームページには,「原爆症認定の在り方に関する検討会」の議事録と資料が のっている( http://www.mhlw.go.jp/shingi/other.html#kenkou )。このなかで,内部被曝についても議論されている(たとえば http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/10/dl/s1004-7b_0001.pdf )。だが,最終報告では,「内部被曝は外部被曝に比して,同じ臓器線量であれば,影響は同等である。」という記述があるのみだ。これでは,これが何を意味するのかが つたわらない。外部被曝であれば残留放射能のある爆心地から はなれれば それ以上,ふえることはないし,その線量もシミュレーションできる。だが,残留放射『能』を体内にとりこみ,それが蓄積されたばあいの被曝線量は,爆心地をはなれても ふえつづけ,微量であっても部位によっては身体に決定的なダメージをあたえることになる。その性質の差こそが問題なのだ。

 番組で取材をうけていた入市被爆者の女性は,直感的に そのことを理解しているのか,インタビューの あいだじゅう,「残留放射能」と いいつづけた。あるときには「残留放射能を取り入れる」という いいかたも していた。だが,それら すべてをNHKはテロップで「残留放射線」と かきかえていた。問題を「残留放射線」の量の推計方法の よしあしに矮小化しては ならない。放射『能』を無視して放射『線』量を計算するのが「科学的」だという,専門家の おごり,あやまった姿勢が,問題を的確に とらえることをさまたげているというのが ほんとうの論点であるべきではないのか。NHKには,そこのところまで ふみこんでほしかった。

2008年8月15日(金) 日本語をしらない右翼作家

石原慎太郎という ひとは,作家であって,中国人で芥川賞をとった ひとの 日本語が
だめだと いうようなことまで いったそうだから,さぞかし 日本語ほんらいの
ことばの意味をよく しっていると おもったら,そうじゃなかったみたいですね。

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せい‐ぜい【(精精)】〘副〙
(1) 力の及ぶかぎり努力するさま。できるだけ。精いっぱい。「─勉強しなさい」
(2) できるだけ多く見積もっても。最大限。たかだか。「原価は─千円ぐらいだろう」

明鏡国語辞典 (C) Taishukan, 2002-2007
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まあ,最近は(2)の意味で つかわれることが おおいけど,福田康夫は おじいさんなんだから…。

  「せいぜいってどういうことなんだ」石原知事、福田首相を批判
  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080815-00000949-san-pol

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