日記

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2008年7月3日(木) あえて『朝日新聞』「素粒子」の「死に神」発言を擁護する

 全国犯罪被害者の会(あすの会)という団体が,朝日新聞の6月18日夕刊
の「素粒子」の鳩山法相に対する「死に神」発言に抗議をしたそうだ。

 わたしは,その「抗議」が まとはずれであると かんがえ,あえて
「素粒子」を擁護する。

 以下は,同,全国犯罪被害者の会(あすの会)へ わたくし個人が送付
した「質問状」である。回答が よせられれば,この欄に 編集せずに
そのまま掲載することを約束する。

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 貴会が2008年6月25日司法記者クラブにおいて、朝日新聞の6月18日夕刊、
素粒子欄の「鳩山法相 死に神」記事に関し、同社に公開質問状を配達
記録便で送付した事を発表したとのWEBサイトでの記事を読みました。
http://www.navs.jp/

 貴会ご自身の発表なさったことですから,事実関係に間違いはないものと
存じます。

 さて,わたくしはその記事をWEBサイトで読んだ個人で,何の団体の
意向を代表するものではありませんが,その内容には違和感を感じざるを
えず,こうして質問状を出させていただくこととしました。

 貴会の公開質問状には,『朝日新聞』「素粒子」の記事につき,
「特に衝撃を受けたのは犯罪被害者遺族です。」「確定死刑囚の一日も早い
死刑執行を待ち望んできた犯罪被害者遺族は、法務大臣と同様に永世死刑執
行人、死に神ということになってしまいます。」と書かれています。

質問1)ここでいう「犯罪被害者遺族」というのは,貴会に属している
   犯罪によって死亡させられた被害者の遺族のことを指すのでしょうか。
   その場合,貴会に属している犯罪によって死亡させられた被害者の遺族
   全員の意思を確認したうえで述べておられるのでしょうか。それとも,
   一部の方の意見を代弁しているのでしょうか。
   それとも,この公開質問状における「犯罪被害者遺族」とは,貴会と
   関係があるなしにかかわらず,すべての「犯罪被害者遺族」のことを
   指すのでしょうか。そうだとすれば,すべての「犯罪被害者遺族」の
   意思を代弁できる根拠は何でしょうか。

質問2)貴会には「確定死刑囚の一日も早い死刑執行を待ち望んできた犯罪
   被害者遺族」が所属しているのでしょうか。そのように言明している
   「犯罪被害者遺族」がおられるということを確認されていますか。
   また,それは貴会に関係する「犯罪被害者遺族」の大部分であると
   言うことができますか。

質問3)仮に「確定死刑囚の一日も早い死刑執行を待ち望んで」いる「犯罪
   被害者遺族」がいるとしても,法務大臣は「犯罪被害者遺族」の意思を
   代行して処刑を命じるのではなく,法律にもとづいてそれをするのでは
   ありませんか。それは,貴会の公開質問状の後半にも書かれていること
   です。だとすれば,『朝日新聞』の「素粒子」が法務大臣の死刑執行の
   しかたに対して「死に神」と書いたからといって,それが「確定死刑囚
   の一日も早い死刑執行を待ち望んで」いる「犯罪被害者遺族」に対する
   侮蔑であるとするのは論理が飛躍していませんか。
    『朝日新聞』の「素粒子」がとりあげたことが法務大臣の死刑執行の
   しかたであって,「犯罪被害者遺族」の感情の問題ではないということ
   は,むしろ貴会の公開質問状の論理によっても明らかなことであるとは
   考えられませんか。

貴会の「公開質問状」には,以下のようにも書かれています。「犯罪被害者遺
族は、これまで数多くの二次被害,三次被害を受けてきましたが、今回ほど侮
辱的で、感情を逆撫でされる苦痛を受けたのは初めてです。」
しかし,死刑制度のありかたについてはさまざまな考えがありえ,「犯罪被害
者遺族」の感情や意思は当事者のそれとして尊重されなければならないことは
もちろんであるとしても,それらの感情や意思は当事者のものであるがゆえに,
報道機関や法律家はあえてそこから距離をおくことも必要なのではないかと思
います。

質問4)そもそも「犯罪被害者遺族」の感情や意思のみを根拠に死刑制度や
   死刑の執行のありかたについての善し悪しを判断するのであれば,す
   でにそれは法治主義に立脚した議論であるとも法律論であるとも言え
   ないと思います。貴会には法律家の方が参加されているようですが,
   このことについていかがお考えですか。

貴会の「公開質問状」には,つぎのようにも書かれています。
「また本記事は、犯罪被害者遺族が、死刑を望むことすら悪いことだという
メッセージを国民に与えかねません。」
そのような可能性もありますが,あえていうなら,「犯罪被害者遺族が、死刑を
望むこと」が よいことであるか,悪いことであるかについて「犯罪被害者遺族」
のみならず,『朝日新聞』やその読者をふくめた個々人が自由な見解を持つ
ことが妨げられてはいけないと思います。
「犯罪被害者遺族」が二次被害,三次被害に遭うことはないようにする必要が
あることは認めますが,仮に「犯罪被害者遺族が、死刑を望むこと」がのぞまし
いことであると考えない個人が存在することや,そうした考えを披瀝すること
をもって「二次被害,三次被害」と言うのであれば,その主張は不当ではない
でしょうか。「犯罪被害者遺族」も一様であるはずがなく,「確定死刑囚の一日
も早い死刑執行を待ち望」むことをよしとしない「犯罪被害者遺族」がいても
不思議はありません。

質問5)むしろ貴会の「公開質問状」こそが,「犯罪被害者遺族」が,
   「確定死刑囚の一日も早い死刑執行を待ち望」むものだという
   決めつけに基づき,そうでない「犯罪被害者遺族」が存在してもよい
   こと,ましてや「犯罪被害者遺族」以外の個々人が,そのことについて
   望ましいと考えるかどうかは全く自由であるということが当然ではないと
   する,誤ったメッセージを国民に与えかねないとは考えませんか。


最後に,わたくしと貴会の考えは根本から異なっているのだろうということは
認めますが,貴会の一人一人のなかにも,「確定死刑囚の一日も早い死刑執行を
待ち望」むことが「犯罪被害者遺族」の自然な感情であるとしても,そのように
しか考えられない社会よりも,「犯罪被害者遺族」のなかからも死刑の執行以外
の形での感情的な回復の手段が求められ,それに周囲がこたえていけるような
社会であることのほうが望ましい社会だという考えを持つかたが 一人も おられ
ないとは思えません。

また,貴会が「素粒子」の記事を「犯罪被害者遺族」にも むけられたもので
あると主張されるので,わたくしは そうは おもいませんが,あえて,そうだと
して かんがえたとしても,「確定死刑囚の一日も早い死刑執行を待ち望んでき
た犯罪被害者遺族」の心情のなかには,単に早く死刑が執行されれば「うれしい」
というような感情はなく,執行を待ち望みながらも,それでしか癒されない
感情を「死に神」の苦しみになぞらえて理解する かたも おられても不思議は
ないと考えます。貴会の主張は,「犯罪被害者遺族」を擁護しているようでいて,
実のところ,いつまでも「犯罪被害者遺族」の内心に「死に神」の苦しみを刻印
させることを強いるものになっていはしないでしょうか。ただ,このことに
関しては,あくまで わたくしの個人的な推察にもとづく感想でしかないので,
「質問」のなかには含めないことにします。


「質問」1〜5について,ご回答ねがえれば,さいわいに存じます。
貴会が『朝日新聞』に対してするように回答期限は設定しませんが,回答を
拒否されるばあいであっても,ご一報くださればさいわいに存じます。
また,回答は公開する場合がありますので,ご了解ください。

2008年7月4日(金) それでも いいたい

サリン遺族も「死に神」に抗議
http://www.yahoo.co.jp/_ylh=X3oDMTB0NWxnaGxsBF9TAzIwNzcyOTYyNjUEdGlkAzEyBHRtcGwDZ2Ex/f/topics/top/3/*-http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/death_penalty/?1215084438

・・・

それでも いいたい。

被害者遺族が 死刑や死刑の執行をのぞむことは非難できない。かりに それが,復讐心や応報感情によるものだとしても,非難は できない。また,それは単なる 復讐心や応報感情によるものだけでは ないとも おもう。

だが,法務大臣は,被害者の感情とは別のところで仕事をしなければならない。復讐心や応報感情の代行者として仕事をするのであっては ならない。

だから,「法に従って執行した」ことの正当性を主張するのは よい。それも ひとつの見識であるとも いえる。だが,同時に,法の規定を機械的に適用することを「死に神」のようだと感じる人が いることも みとめるべきだ。そこに遺族感情をもちだして 批判を封殺してはならない。

 「法に従って執行した」のだから「死に神」ではない

と いうべきではない。それをいうのであれば,

 「死に神」のようであろうと,「法に従って執行する」ことが大切だ

と いうべきなのだ。むしろ,江戸時代にあったように復讐心や応報感情から仇討ちをするという行為であれば,それは「死に神」からは とおい。「法の執行」という,無機質な権力行為は,不可避的に「死に神」のイメージをもたらすものなのだ。それは正しいか まちがっているかに関係なく,否定すべくもないことなのではないか。あえて「死に神」の苦しみをひきうけることなしに死刑制度を支持するなとどいうことが あっていいのだろうか。

被害者遺族も,遺族としての感情と法とのあいだには 区別をもうけてこそ,その感情が感情として ほんらいの修復のみちをさがしだせるのではないか。もともと法は,被害者感情からは距離をおくために あるもののはずだ。そうでなければ,法に のっとる理由が ゆらいでしまう。あえて法と法の執行者に「死に神」の役をひきうけさせることをよしとするのであれば,「死に神」の仕事には関与せずにいたほうが よいのではないか。それとも,どうあっても被害者遺族は みずからも「死に神」とならなければ すくわれないと いうことなのか。それこそ,すくいのない はなしではないのか。

2008年7月20日(日) 竹島=独島問題に対する わたしの基本的な たちば

 某サイトに投稿した内容です。

 以下が この問題についての わたしの基本的な たちばになります。

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 竹島=独島問題について。
 近代にいたる以前の段階では,朝鮮半島と日本列島にあった政権は,それぞれ,支配しているひとびとが にげださないようにし,孤島に住民をおくことをきらった。その結果,半島や列島の海賊や漁民がそれぞれ勝手に竹島=独島を利用していたものと おもわれる。したがって岩礁を利用していただけのことをとらえて固有領土だというのには無理がある。韓国の古い歴史書にある記述は独島のことを指すと思えるくらいの具体性があるけれども,独島という名称が20世紀になってから出現することにみられるように領土としての認識は途絶していると思う。一方,「松島」だったはずの独島の日本名が鬱陵島だったはずの「竹島」になってしまったように,日本の領有意識も,仮にあったとしても明らかに途絶している。だからこそ1905年に「無主地」を編入するとして領有を宣言したのであり,その事実と固有領土説とは矛盾する。
 ところで,大韓帝国に通告もせず「無主地」だから一方的に編入してよいのだというリクツが成り立つのなら,サンフランシスコ講和条約にともないマッカーサーラインが消滅する間隙をついて,韓国からみれば領土保全のために李承晩ラインが引かれたことを非難する根拠はなくなる。この時期に鬱陵島の漁民は竹島=独島の出漁しており,米軍の爆撃訓練が行われたことから危険が及ぶということで在韓米軍と韓国政府との間で交渉が行われたが,米軍は鬱陵島漁民の立ち入りを制限するようなことはしなかった。この時点で,大韓民国は独立国として承認されており,日本はまだ占領下だった。なるほど,たしかにサンフランシスコ講和条約で日本が放棄すべき領土として竹島=独島は記載しなかったが,1905年に韓国の外交権を剥奪する直前に一方的かつ秘密裏に島根県に編入したことが合法で,かつ現在も有効だというのなら,占領下,日本の主権のおよんでいなかった竹島=独島を,それを管理していた米軍の反対をうけることなく平和裏に韓国が領有し,領土として保全しようとしたことを非難はできまい。1905年の日本の行為を正当化する論理からすれば,相手国がわざわざ領土を放棄するといわなくとも,抵抗をうけずに領有できた土地は「無主地」として編入できるのであるから。
 もっと大きく言えば,下関の教育長のように,韓国併合を植民地支配ではないといい,道義的非難をうけることのない合法的な行為であったというのであれば,サンフランシスコ講和条約の直前において他国によって実効支配されておらず,自国の漁民が恒常的に出漁するようになっていた竹島=独島を韓国が領土にくみいれたことなど,とるにたらない当然の行為としかいいようがなくなってしまう。韓国併合は,「清が軍隊を朝鮮に駐留させるのなら日本も駐留する」という一方的な論理で承認なく軍隊を派遣し,ついには王宮を軍隊でとりかこんで併合をせまるという方法でおこなわれた。いまの時点にいたってもそれが合法的であったというのであれば,敗戦国日本の管理がおよんでいなかった岩礁をもともと自分たちの歴史のなかで領有していたものとして再発見し警察権を行使したことに論理的にいって日本から異議はとなえられまい。
 竹島=独島は元禄時代まで海上の辺縁にある入会地的な側面があり,その後,江戸幕府が出漁を禁止した。とはいえ,20世紀にはいり朝鮮領であると認識しないまま抗議も うけずに再度,出漁していたかもしれず,その意味で山陰の漁民が,一定の権利を主張する根拠があると感じていても不思議はないと思う。しかし,それを主張するためには,むしろ日本みずからが韓国併合をしたことは侵略であったと明言しなければならない。逆説的ではあるが,それができてこそ,はじめて竹島=独島に対する潜在的な権利を主張できる土俵がつくられるということを知るべきだ。

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