日記

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2007年2月5日(月) ふつごうな真実…“うむ機械,装置”発言

 柳沢厚生労働大臣の発言が話題になった。

 例によって そろそろ よのなかも この話題に あきはじめているようでもある。このままなら,なにが問題だったのかも わからないまま ひとときのエピソードということで なにも かわらないまま おわってしまうだろう。

 わたしも また,ふつごうな状態に おかれてしまった。なにが ふつごうかというと,この大臣のみならず安倍政権には 一刻も はやく つぶれてほしいと ねがってやまないのだが,それでも この“問題発言”をとりあげて攻撃していると おもわれている がわの口調として流通している いいかたに違和感を表明せずには いられないからだ。

 まず,気になるのは,問題の とりあげられかた,ひろがりが,コイズミ流のワンフレーズ・ポリティクスの うらがえしのような かたちをとったことである。ほんとうに がんばっている政治家たち,とくに外国人記者協会で記者会見( http://www.videonews.com/press-club/0701/000973.php )をした民主党の円より子氏や社民党の福島瑞穂氏の議論は時間をかけて はなしているかぎりでは これが突発的な失言のたぐいではなく,問題をとらえる根本のところの かんがえかたの問題であるということをていねいに説明している。だが,マスコミで流通することばは「女性を『機械』だといった」という一点に しぼりこまれてしまっている。この わかりやすさと そこの あささは なんだろうか。こんな安易な要約で たたくのであれば,「すみません,いいかたが よくありませんでした」と あやまりつづければ,そのうち かざむきが かわるだろう。そもそも最初の発言では「うむ機械といったら わるいけれども…うむ装置の かずは きまっているわけです。」というような いいかたをしていたはずだ。「わるい」と わかっていて なぜ,そんな たとえをしたのかという点は追及に あたいするが,すくなくとも「わるい」とは そのときから おもっていたことになる。『うむ機械だ』と断定で はなしをしていたのとは ずいぶん ちがう。

わたしは,この大臣を擁護したいわけではない。わかりやすいワンフレーズ・ポリティクスで攻撃するのでは,そのときの流行の政治で おわってしまう。もっと あみをふかく はって,おおものをすくいあげるつもりで論陣をはらなければ成果が えられないまま おわってしまうと心配なのだ。

そもそも この大臣の論理構成は おかしかった。「女性」を「うむ機械,うむ装置」であると たとえながら,その かずが かぎられているので,少子化をとめるためには その「女性」に がんばってもらわなければならないと いう。前半は「女性機械論」なのに,後半は精神主義である。「機械」に対して「がんばれ」といっても意味はない。実は,「機械」ではなく「人間」だと わかっているから「がんばれ」が結論になるのだ。これに対して大臣の辞任をもとめる野党の主張の おおくは,はたらく女性への保証であるとか,母子家庭への保護,出産に対する給付の拡大といった具体的な対策をもとめるものになるだろうが,このような財政的な対策により出生率が あがっていくと いうような かんがえかたは,個別の ひとの個別の事情をみるのではなく,社会全体の うごきが 政策によって誘導されていくという前提のもとで たてられているという意味で,おおきな かずの人間の集団全体の うごきを政策の関数として とらえている。その点で,人間の集団を機械と おなじように みていることになる。そもそも,経済学にしても政治学にしても社会学にしても,そのように人間の集団を機械と おなじように みなせる部分をとりだしたり,そういうモデルをつくったりして,そのなかで どういう因果関係が なりたつかを考察することによって科学の すがたをとるものなのだから,人間の集団を機械と おなじように みること いっさいを否定するということは,社会科学を否定するということにも なってしまう。

だから,ほんとうの問題は,人間の集団を機械と おなじように みることが ゆるされるかどうかなのではなくて,どんな目的をもち,どんな てつづきをしたうえで どんな範囲で そういう かたりかたが できるのかというところに問題は あるはずだ。

こどもをうめる女性の かずが かぎられていて,急に ふやすことが できないという前提をたて,「だから,女性ひとりあたりの出産数が あがらなければ少子化は とまらない」と結論づけることじたいは,まちがってはいない。それは女性を機械や装置と おなじように みながら計算することにも親和的な議論だけれども,その議論じたいが いいものだとも,わるいものだとも いえないだろう。問題は,そこから「だから女性に がんばってもらうしかない」と結論づけるかどうかである。つまり,なまみの女性に精神主義的な圧迫をくわえる発言をするため,その根拠には人間を機械や装置と同等の操作可能な対象として とらえる“科学”的な はなしかたを悪用する。もちろん,まともな“科学”であれば,人間を操作可能な対象として とらえる わくぐみの議論を精神主義に つぎきするようなことは しないのだが,それを意図的に してしまったところに,この大臣の発言の質の わるさが あるのだ。いや,もっといえば,この大臣は正直だからこそボロをだしてしまったのだと おもう。“科学”が人間を操作可能な対象として とらえる わくぐみをつくって議論するものであるというのは,ひとりひとりの人格を否定するということではなく,ひとりひとりの個性や個別の事情とは はなれたところで議論できることを議論するということに ほからならない。「人間は機械や装置である」と いうのではなく「個別の領域と総体の領域を区別して論じる」ということなのだ。この大臣が はなしのながれのなかで必要ではなかった「機械」「装置」という語をあえて いれたのは,「がんばって こどもをうめ」という結論が,この区別を侵犯したものだということに半分,気がついていたからだろう。総体にかかわる領域の分析にしか つかってはいけない思考を個別の人格のうえに おおいかぶせて結論をいおうとする,その うしろめたさが へたな弁解の かたちをとったうえでの“失言”なのだろうと おもう。その意味では“失言”してくれて よかった。いままで,おなじような主張が“失言”なしに ずっと たれながされてきていたにも かかわらず,ながい あいだ,たいして問題視されずに きていたのだから。

よのなかの理解とは反対に,「女性ひとりあたりの出産数が あがらなければ少子化は とまらない」という人間を操作可能な対象として とらえる わくぐみの議論からこそ,ほんらい,「うみたい女性が うめるようになるための さまざまな施策」という,円より子氏や福島瑞穂氏も うったえる主張が親和的に でてくる。こちらのほうが まっとうな意味で科学的だ。もちろん「うまない」という選択も尊重されなければならないが,そのことと,政策として少子化に はどめをかけるということとは,それこそ個別の領域と総体の領域を区別することで両立させることが できる。実は,総体として うみたい女性が うみやすい社会というのは,うまなかったり,うめなかったりする女性にとっても いきやすい社会である可能性が たかいのだ。(もっとも わたし個人は,そもそも少子化が いけないことだとも いいきれないと おもっているけれども…。)いまになって,この大臣や自民党の周辺から女性の「人権」を大切にするであるとか女性を「尊重」するという「反省」が きかれることに注意が必要だ。なぜなら,ほんらい,この「女性に がんばってもらう」という大臣の主張は,まさに「人権尊重」で「女性に敬意をはらう」ことと むすびつくはずだったからである。そういう,人間を操作可能な対象として とらえる わくぐみの そとで感情をくすぐり,もちあげ,おだてる発言の延長上にこそ,「がんばって うんでもらう」という感情の政治が まちかまえている。そういう感情の政治からは「うみたい女性が うみやすくなるための さまざまな施策」という,社会科学的に妥当な政策は でてこないのだ。

いま,ここにある ねじれをどのように ときほぐすか。いま,この大臣の発言に反対する勢力が いうべきことは,「人格に かかわる問題は人格的に,政策に かかわる問題は政策的に かたる」というこではないのか。それをはっきりさせることによって,科学的な分析を精神主義に つぎきするような 反科学的でもあり非人道的でもある発言をねこそぎ批判しなければならない。「非人道的」だという批判だけでは,「こどもをうむ女性は くにの たからだ」というような方向での より洗練された精神主義に たちうちできない。むしろ いま劣勢に おかれているのは,ある意味で個々の人格を捨象したうえで なりたっている まっとうな科学的な政策論ではないのか。いつでも ニセの科学を駆逐するのは まっとうな科学以外にないと おもう。いや,ニセの科学を駆逐する たえまない いとなみだけが,その時代の科学をまっとうなものに たもつのではないだろうか。失言を“失言”として たたくのみでなく,この機会をとらえて すすんで議論を政策論に誘導すべきだ。感情の政治は一時的な動員を可能にするが,対立軸をはっきりと すえないままでは ながい たたかいに たえられないばかりか予想される感情の ゆりもどしにも あしもとをすくわれかねない。

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